poesie

  塩の都


蛇笛も聞こえず

緑青も湿った剥落も認めぬうちに

何故出発したのか

ただ力ずくでにじり行けば

晩夏の苺ジャムや

四辻を守る鮫肌の魔除けなど

ことごとく無残に砕け散るに違いない

それでも

ひねもす甘栗を剥くように

焼け焦げた樹皮の縁を腫れた舌でなぞり続ける

長大な目録と歌合わせの市場から戻れば

ここではイワシのアタマも

天井に射止められた煮干しも

豊かに黒ずんだ血を流しているのだ

石走る塩の都の魔術師よ

生き腐れの神秘を

誰がこれほど巧みに逆用し得ようか

イチジクのごとき脱肛は軽やかに飛翔し

干からびた臍の緒も甘やかに香る

モシ我ヲシテ今欧州ノ歌ヲ願ハシムルトアラバ

ソハ彼ノ伸ビヤカナル諧調

五月の蝶さながらに変態の病痕を身に鎧い

鮮やかに光を紡ぐ剥き出しの均衡感

あるいは

寄生虫に体内を食われながら

ゆったりとまどろむサナギの宇宙観

されば死屍身中の虫どもよ

生臭い腹時計を貪り尽くし

精緻に彫琢したクチクラも食い破り

狂おしく透き通った翅で

父祖伝来の小暗き福音を春に伝えよ

おお

塩抜きを施した硝子体よ

豊かに腐爛した花々よ

醗酵した焼き豆腐よ

白く鬱血した花粉に塗れて

新緑の土手を一挙に駆け上がれ

はるか東の方では

白亜紀このかた

生ぬるい海面に羽虫が際限なく舞い落ちる

綿毛のように静かなこの春

いずこにも

名前を刻む触手は見当たらず

ただ休みなく身悶えする

黄色い海草の群れ

パラメシウムよ

プラナリアよ

クダクラゲよ

クダクラゲの魂よ

カギムシの魂よ

そも魂とは袋の自己認識に他ならぬ

まずは断腸の思いで

口と肛門を別個に据えたヒモムシの奇跡に

思いを致し激しく感動せよ

ああ私達が一個の袋であるということは

何と悲惨にして心休まることであろうか

もはや輪郭の罠も

丸い欲望の重みも見えず

この透けた薄皮だけが

脆い銀河のように引き延ばされる



 秋の歌90


新鮮なコーンドビーフのような秋の一日

熱いガスに満たされた大腸を抱えて

わたしはどこに向かっているのか

口の端から糸が切れない 味噌納豆の糸が

だのに今日

五歳になる娘が動物のために初めて泣いた

嗚呼

この憤りを誰に伝えればよいのか

ものすごい蒼空の下

生き物たちはすべて分厚い甲羅で

空しく身を鎧っている

ならば我が一族も

死者のためにせめて表皮を保存しておくべきであった

出棺間際に慌ただしく剥ぎ取った

あの五層の薄皮を

スペアは陰干してウオーキングクローゼットに吊るし

一朝事あれば年老いた女医に縫合を依頼する

五対の剥製が四辻を守るだろう

鮫膚の蠱惑的な魔除けたちよ

だが一体 髭をどこに付けよと言うのか

非常にはっきり言えば

ヒトの寿命はどんどん縮んでいる

あの濃密な時間はどこに蒸発したのか

倍速ダビング

早送り

記憶がかすれる

胸圧が薄い

遠目も利かない

せわしなく厠に通い 小突き合ううちに

テープが切れる

もはや音楽もバレエもない

馬の齢など笑えない

悲しむ暇もないうちに一生を終える

濃いやつを出す暇もない

何とかしなければ

実に何とかしなければ

陰干がとても間に合わない

行かないで 行かないで

雨の真珠などあげないわ

だけど 行かないで

黄ばんだ角膜もあげないわ

遠近両用の義眼なんか欲しくない

ノン 行かないで

今行けば

排卵期にしか会えないじゃない

星がぎらつく干き月

どうして肉食猿まで星になるの

猫も尺取り虫も ETになるのよ

あたしの制空権を侵さないで

肋骨がきしむの

舌が痒いの

断食のせいじゃない

ああ 舌もあそこもみんな皮を裏返したいの

もっとたくさん蒸気を吐かなきゃ

剥製はまだか

皮で済むならいくらでも提供しよう

生乾きで恐縮だが

脂っこい粉瘤の胚種も一緒にいかが

下顎と襟足は膿疱だらけ

だけど 耳たぶくらいの柔らかさ

菜種油であっさり揚げれば

形も臭いもくずれない

おお 東の野に火柱が立つ

ふぐ提灯はまだか

辛子レンコンも

氷榴も届かず

わが括約筋も未だ心許ないというに

早くもカウントダウンか

されば

いまわの際にせめて一口

入れ歯を外して

鳥皮の芥子和えを

不味いものが身体には良いのです

いや やはり旨いものが一番です

ごくつぶし

食べてる場合じゃないでしょ

鳥皮どころじゃないでしょ

兎のお耳はぼろぼろよ

・・・



 夢見る宝石


雨上がりの金色の午後

対面交尾と締め殺しを引っ提げて

男たちは凄まじく青いカランドリアの風を渡る

時に果てしなく痙攣し

時に蟹を食いながら

道々すれ違うのは

疣と脂肪瘤だらけの牛たち

そして臍まで陰裂の捲れ上がった女たち

鋭い陰毛を機械油で左右に撫で付け

小柄な女たちは

剥き出しの粘膜を競い合う

やがて岩の上にあぐらをかき

柔らかい裂け目から

乾いた垢を静かにこそげ取るのだ

男たちは中腰で精を垂らしながら赤い襞を探りあて

白い月が上るまでとりとめなく性交を繰り返す

東の森では大きな花々が静かに腐る

バケツの水は動かず

共に震える蔓草も見当たらない

ああ 蜉蝣が舞い上がる金色の午後

世界はそのようにして硬い石をいくつも分泌し

そのようにして微かに酸味を蓄えていく

雨期の終わりの白い午後

長々と萎えた陰茎に濃い汗を滲ませながら

男たちは凄まじく透明なミクソリディアの野を渡る

時に腹を打ち

時に甘い草の根を掘り起こし

道々すれ違うのは

舌のない犬たち

そして膝まで外性器の垂れ下がった女たち

鋭い陰毛を短く刈り込み

小柄な女たちは

剥き出しの襞を擦り続ける

やがて病気の兎のように丸くなり

乾いた裂け目の奥から

黒い血塊を黙々と掻き出すのだ

男たちは膿を垂らしながらぬるい血溜まりに腰をおろし

白い月が上るまで果てしなく射精を繰り返す

東の森では原色の花々が音をたてて腐り始める

ひび割れた岩の上で

女たちは片身だけ裏返しになる

ああ 絶え間なく蜉蝣の羽が舞い落ちる白い午後

世界はそのようにして硬い石を溶かし

そのようにして豊かに繁茂する

岩を砕く斧

砂丘を渡る筏

鋭い草の匂いから粘膜を守る

骨粉入りの嗅ぎ煙草

刈り入れの道具立てはこれで一揃い

その朝

男たちは犬の声色で一斉に目覚め

野火の煙を左手に捉えながら走り続ける

四筋の川を跨ぎ越し

蟻塚を蹴り崩し

あとはただ鼻水を啜りながら喚き続ける

 この手に力を

  悪意を

   死者の持久力を

 この顎に恵みを

  充足を

   熱い癒しを

白い宇宙塵が舞い降りる収穫の朝

男たちは夜半の闘いで硬直した腕を突き出しながら

牛の舌のような丘陵を幾度も巡る

やがて屠られた土地を横切り

静まり返った家並を走り抜ける



 白狂い


シャカは食中毒にたおれた

豚かキノコがあたったらしい

ゴータマ シッダルタ シャカムニ クソマミレ ああ

何としても

ツマグロヨコバイの生態を解明しなければならない

白いソーセージが食べたい

ゴータマよ

出産は身体の外側の出来事です

子宮も腸も皮膚の一部です 内側に窪んだ表面です

腸詰に血を混ぜるのも当然だ

表皮と骨肉の優雅な錯乱

おお アルマジロも鼻白む

ほのかな白狂の 最後の一滴 血の一滴

産道は血の海です

食事どころではない

まずイチゴを 黄色い精液で和えよう

精液に血を混ぜたものが膿だから

低熱殺菌すれば ほぼ三位一体だ

約束の地に 乳が流れる

地の膿です

ああ 早く白くなりたい

袋を裏返しに脱ぎ捨て

さらさらと流れたい

こんどこそ 尻を真四角にしなければならない

ねぎまぶるいいすと

ガンダルフはついに白くなった

肉がかたりと外れ

骨が白叫する

フリーズドライの秘蹟

軟骨よ ザクロよ 粘膜よ

白くなるまでせにゃならぬ

産道に白い腸詰を

死者には花を

あの 植物の白い子宮を

   *

朝が近い

白便にまみれた師よ

エレファンタの裔よ

腐敗の神秘も明かさず

なぜ豚キノコなどにあたったのですか

悲しみに鼻が落ちる 股倉が粘つく

おお どのように鼠蹊部が化膿しようと

修行僧たちよ 怠らず努めよ

まず 醗酵の神秘を解明しなければならぬ

我に腸詰を与えよ

さすれば裏返してみせよう

血と傷にまみれし薄皮よ

何としても 腸詰の背骨を食したい

白い神経の糸引く肉詰を

すべての毛穴に押込みたいのだ

子宮も腸も口の一部です

吸収と排出の往復ポンプです

挽肉に血など混ぜても無駄骨

しょせん生殖も体の外側の出来事です

どうか笑わないでいただきたい

歯茎がめまいする

強化粘膜がひび割れる もう

背骨が白叫する

まだ産道は血の海です

食事どころでない

逆上して油を注がねばならない

折しも

胸から膿を垂らし

股から精を垂らし

脇腹からとめどなく乳を垂らしたあの女が

乾いているのです

血はどこで乾くですか

精液と血で 膿ですか

乳はどうするですか

低熱殺菌ですか

リベラーメドミネ リベラーメ

おお ミネラーレ飲みね リベラーメ

水が飲みたい ミネラーレ

さえざえと

ねぎまぶるこの朝

見よ

乳も

膿も

精液も

粗塩のごとく流れ出す

粉肉はすでに四散した

錆付いた東の空に

宇宙の粘膜が蒸着する

おお

軟骨よ ザクロよ 粉瘤よ

千々に砕けて夏の膿

透けてくるまでせにゃならぬ

あまたの靴下に象の眼を

死者にはせめて犬の歯を 

白い産道を優しく噛み砕く

あの 煮えたぎる光の棘を